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彦根市(ひこねし)は、滋賀県の北東部に位置する市。鳥居本地区と稲枝地区を除き、かつては犬上郡に属していた。

井伊氏彦根藩のお膝元で、大藩がひしめく京都周辺でも有数の城下町として発達した。滋賀県東部の商工業の中心で、かつては大津市に次ぐ県下第二の都市であった。そのため現在も彦根地方気象台・滋賀大学・裁判所支部など各種機関が集中している。また中山道沿線には高宮宿と鳥居本宿の宿場町が栄えた。旧城下町・宿場町の町並みが現在も残っており、2009年1月19日には亀山市・金沢市・高山市・萩市とともに第1回歴史まちづくり法に認定されている。

現在では、毎年7月に松原水泳場で開かれる鳥人間コンテスト選手権大会や、2007年の「国宝・彦根城築城400年祭」マスコットキャラクターひこにゃんでもよく知られる。

「彦根」という地名は天照大神の御子イクツヒコネが活津彦根明神として彦根山(現在の彦根城)に祭られたことに由来するとされる。共通語では「彦根」は平板型アクセントで発音するが、地元では中高型(「こ」のみが高い)であり、地元を走る近江鉄道本線の自動車内放送でも中高型で放送されている。

彦根の歴史

沿革
江戸時代まで
戦国時代には、織田信長や豊臣秀吉の領土に入った。
安土桃山時代には、石田三成が治める佐和山城の城下町になった。
井伊直政が高崎から転入して以後、井伊氏が治める彦根藩の城下町、中山道の高宮宿や鳥居本宿の宿場町として栄えた。
明治維新以後
1871年8月29日 − 廃藩置県により犬上県の県庁所在地になった
1871年8月29日 − 廃藩置県により、東沼波村(百四十戸の大所帯)、西沼波村、大堀村、地蔵村、正法寺村、野田山村の千本六か村が千本村(ちもとむら)になった
1872年9月 (旧暦) − 犬上県が滋賀県に編入され、以来滋賀県に属する。なお、この際、彦根の徹底せる保守的風土から、滋賀県県庁所在地になることを嫌ったため、県庁所在地は滋賀県の中央の彦根ではなく、位置としてほとんど京(みやこ)の大津になったという経緯がある。
1887年 − 滋賀県立彦根測候所(現:彦根地方気象台)が気象観測を開始
1889年7月1日 − 彦根駅(東海道本線)が開業。当時の通称名は「大駅(おほえき)」。ある時期[いつ?]まで単に「彦根駅」という場合は近江鉄道の現彦根口駅を指していた。
1900年8月20日 − 森有礼文部大臣による小学校令改正により、彦根町は城東尋常小学校と城西尋常小学校、松原村は城北尋常小学校、青波村は青波尋常小学校(現 佐和山小学校)、千本村(東沼波、西沼波、大堀、地蔵、正法寺、野田山)は千本尋常小学校(現 旭の森小学校)、福光村は(現 城南小学校)、北青柳村は(現 城陽小学校)、を擁した。
1912年〜1921年? - 大正天皇が彦根に御幸、千本村の大堀山の山頂にて行われた大日本帝国陸軍の大演習を閲兵した。
1937年2月11日 − 彦根町、松原村、青波村、福満村、千本村、北青柳村が合併して市制移行(人口:39,335人)
1942年6月10日 − 磯田村、南青柳村を編入(人口:40,364人)
1945年5〜7月 − 彦根空襲
1948年 − 彦根警察署が発足
1949年 − 滋賀大学が設置
1950年 − 滋賀県立短期大学が設置
1950年4月1日 − 日夏村を編入(人口:49,207人)
1951年 − 昭和天皇が来彦
1952年4月1日 − 坂田郡鳥居本村を編入(人口:52,871人)
1952年 − 彦根城(天守閣、附櫓、多聞櫓)が国宝に指定
1953年 − 「開国百年祭」を開催
1956年9月30日 − 河瀬村、亀山村を編入(人口:59,474人)
1956年 − 東海道本線が電化
1957年4月3日 − 高宮町を編入(人口:63,339人)
1959年 − 国道8号が開通
1964年 − 東海道新幹線、名神高速道路が開通
1968年4月1日 − 愛知郡稲枝町を編入(人口:76,564人)
1987年3月28日 − 「'87世界古城博覧会」を開催      
2007年3月21日 − 「国宝・彦根城築城400年祭」を開催
2008年6月4日 − 「井伊直弼と開国150年祭」を開催。

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